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犬を飼うということ…

みなさん、ご無沙汰しております。

知っている人も知らない人もいると思いますが、
報告が遅くなってしまいました…。


2011年11月26日、
愛羅の2歳の誕生日でした。

このブログに書いてある通り、アイラは左後肢を怪我してしまい
本気で走り回ることは約6ヵ月~1年間は禁止なのですが、
せっかくの誕生日だし、走れないのは辛すぎると感じ
久々にアイラの大好きなサッカーをしに瀬谷の広場へ行ったのですが、

そこで、チェスターの体調に異変があり
一度帰宅して、チェスターの様子を見て、
すぐに動物病院へ向かったのですが、
夕方、道路が混みあう時間帯と運が悪いことに・・・

車中、
チェスターは、胃捻転でこの世を去りました。
11月26日に。

アイラの怪我の時も、サラが交通事故に遭った時も、
冷静に対処できていたのに、

チェスターの異変も、深刻さも、
必死に苦しい痛みに耐えようとしているチェスターを
家から車まで運ぶ方法も頭の中に入っていたのに
自分の考えと意識が相違していて、
無我夢中でチェスターを抱きかかえて車の後部座席に一緒に乗り、
チェスターの気道確保をしながら声を掛けているうちに
無意識に「助からない」と思いながらも
無意味に心臓マッサージを続けて声を掛け続けて
でも
我が子を救えなかった。

絶望的でした。

あまりにも突然なことで、
自分の頭では、この現実に向き合えなくて、
この目の前で、私の腕の中で、去って行ったのに
これが現実に起きていることとは思えなくて、
それでも涙が止まらないし何も見えなくなりそうでした。
アイラやサラたちが居なければ、
今こうして、みなさんに報告なんか出来なかったと思います。

今でも辛いです。悪夢が続いているような気持ちです。

みなさん、大切な誰かを失ったら
どうしますか?

最低に思えるかもしれませんが、
私は、神も仏も信じていません。
天国と地獄、魂とか霊とかも非現実的な空想にしか過ぎないと考えています。

話が逸れますが、
私は、自分の母親のお腹の中にいる頃から
動物の存在が身近にあり、私が生まれてからも
犬、猫、鳥類や魚、カメ、ウサギやフェレットなどと
我が家は動物が絶えない生活をしてきているので、
動物の死は何度も見てきています。
が、今回、
初めて人との死別を経験しました。
実は、私の父が脳梗塞で入院していて、
去年の11月に亡くなりました。
チェスターの死は、その10日後のことでした。

父の亡骸を見ても悲しくありませんでした。
たぶん、覚悟していたからだと思います。

チェスターの場合、
ある日突然、目の前からパッと消えたかのようで
失ってからの数日間は家の中で姿を探してみたり、
毎朝目が覚めると、チェスターがまだいるかのような気がして
飛び起きサークルを見ては現実を知り苦しくなりました。
肉眼では見えていないのに見えているよな感覚になるんです。

生まれて初めての経験かもしれない、
ペットロスに陥りました。

周りの人たちは気を遣ったり心配してくれたり
感無量です。
でも、
みんな「虹の橋」や「天国」に行って遊んでるとか
気配がするのは、魂がまだ家にいるんだよ
と言っていて、私もそういうことを言ったりもしますが、
いまいち理解できません。

結局、人は、自分の中にある悲しみや絶望感を克服するために
非現実に入り込もうとしているんだと思います。

誰かを失い、途方もない悲しみに啄まれ
無い存在を探し続けてしまうから
空想に頼らざるを得ないのかと…。

チェスターが居なくなってから、気配を感じたり
居るように思うのは、
脳が記憶していて、今までの記憶が癖のように出てきてしまい、
突然の出来事に対処しきれず過去の記憶とごっちゃになり
脳が混乱しているのを、
霊的な存在なのだと信じ込み、
「目には見えないけど、此処にいるんだ」と安心感を得て
悲しみから立ち直るのでは?と思いました。
火葬を済ませチェスターのお骨を我が家に持って帰ってきて、
納骨に抵抗を感じるのも、
同じようなことが脳内で起きているからじゃないかと。

チェスターの頭蓋が大きすぎて、
「骨壺に頭蓋骨が入りきらない!」という問題が霊園で発生したとき
「どこまでも、チェスターは・・・苦笑&涙」と骨だけになっても
チェスターらしさが見えてしまい、未だに手放せずにいます。
きっと執着しているんです。
一人息子のような大切な存在で、
少しでもチェスターの姿を、チェスターの亡骸だけでも、近くに置いておきたい
と思ってしまうのも、失った悲しみを乗り越えられずにいるからだと思うのです。

毎日、一日中、
どう自分の気持ちを整理して、悲しみを乗り越えるにはどうしたら良いかを考えています。

でも、こんな考え方の私には、わかりません。
虹の橋の存在を信じたくても、
見ることも、行くことも、感じることも出来ない場所を、
信じきることは出来ません。
いつも、ふと思うのですが
「じゃ、チェスターは何処に行ったの?」
それと同時に
「もう何処にも居ない」
「もう会うことも出来ない」
と自分の中で現実に戻っちゃうんです。

心の中で生き続けるにしても、
チェスターの体温や毛並み、お茶目でヘンテコな性格で笑わせられたり
一緒に遊んだり出来ないことは
何にも代え難い苦しみなんです。

これから、もっと色んなことを経験させてあげたかったのに

一緒に宮ケ瀬にも行きたかった。
大きなツリーの下でアイラたちと遊んだり、
こっそり、スモークターキーをつまみ食いしたり、

海にも行きたかった。
砂浜を歩いてみたり、しょっぱい水を経験したり、

色んなことを、家族みんなで経験したかったよ、チェスター。

何もわからず生まれてきて、散々な扱いされてきた哀れな仔犬時代を
過ごしたにも関わらず素敵な犬でいてくれたのに、
もし神の存在があり運命を決めているとしたなら
私は一生神を憎んで生きていくでしょう。
でも、実際、死なせてしまったのは私たちです。
チェスターの死を一生悔いて生きていきます。
私たちがチェスターの最期を早めたことも苦しめてしまったことも。。。


救えたはずの命だったのに・・・・・・


でも、
失ってしまったこと、過ぎてしまったこと、
いつまでも後ろ向きなままではいられません。
今いる子たちを育てていかなきゃ。
残された命の責任を全うしなくては。


“Everything is going to be alright”

私が好きだった言葉。


過去に戻れないなら前に進むしかないですよね。
チェスターが居た短い時間の中で沢山の事を残していってくれたから。

この地球上で、多くの中のちっぽけな命に過ぎないけれど、
この広い世界でチェスターを知っている人はごく僅かで小さな存在だったけど、
それでも、私にとっては宇宙よりも大きな存在だった。
チェスター
ありがとう、本当に大好きだったよ。

また何処かで会えるなら地の果てでも会いに行くよ。
ずーーっと、チェスターのママだからね。
愛羅と共にチェスターの続きを生きていくから、きっと大丈夫だよ。


さよなら、またいつか、、




追記、
最近知ったことだけど、
「ぽちたま」に出ていたラブラドールのだいすけ君も胃捻転で、
11月29日に亡くなっているそうです。
飼い主である松本君が初代のまさお君の死や犬と人について語っています。
とても深みのある言葉だと思うので、
URL転載します。
目を通してみてください↓

http://www.onelove.cc/message_matsumoto.html


Love and Peace,
Chester paint2
xoxo


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No title

愛羅ママさん

今でも元気にディスク大好きな
チェスターが目に浮かんできます。

チェスターの命は短かったかも知れませんが
この世に生を受けた事に意味があり
愛羅家の皆さんや私達にもチェスターからの思いを
受け止めていければと思います。

ワンコは人より先に亡くなりますが
どうしても突然だと心の整理がつかないですし
お父様の事もある中だったので、余計に大変だったと思います。

愛羅家の皆さん、チェスターの分まで元気にお過ごしください。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

愛羅ままさん

はじめまして。
突然の別れだったのですね。

どうか、ご自身を責めないでください。

私も愛犬を亡くした時は、ショックで涙が出てきて
しばらくは何も手に付かない状態でした。

私の場合、時間が、少しずつですが解決してくれたように思います。

チェスターくんのご冥福をお祈りいたします。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

夢の飼い主

虹の橋・・・
人間はそうゆう非現実的な事で、現実から目を逸らす傾向があると思う。実際、私も現実から目を逸らして生きてきた人間です。
チェスターの火葬には私も立会いました。
愛羅ママのあんな姿、この長い付き合いの中で初めてじゃないかと思うくらい傷心していました。
 
bump of chickenの歌で『夢の飼い主』とゆう歌があります。
(歌詞はここで見れます→http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=A00948
彼の歌は人間のエゴを見事に表現していると思います。
私は、虹の橋より、この『夢の飼い主』のような考え方が好きです。
解釈は人それぞれですが、この歌をペットに例えると、動物を愛して飼っている人にはきっと理解出来る内容だと思います。
この歌の詩の中で
「いつでも側にいるよ ずっと一緒だよ 首輪や紐じゃないんだよ 君に身を寄せるのは 全て僕の意思だ」
とゆうフレーズがあるのですが、私はそこに共感を覚えました。
例え、虐待や放置されたとしても、「名前を呼ばれたい、側にいたい」と純粋な動物たちは、そう思うのではないかと。
私一個人の偏った考えかもしれませんが、私は愛羅ママがチェスターと一緒に居たいと思うように、チェスターも愛羅ママと一緒に居たいと思っていると思う。
虹の橋にはいかず、愛羅ママの側で、愛羅ママが元気になるのを見守っているのではないかと。
 
長文失礼しました。
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